東京高等裁判所 昭和43年(ネ)551号 判決 1969年10月30日
主文
1、原判決中被控訴人簾藤八郎に関する部分を取消す。
2、被控訴人簾藤八郎は控訴人に対し本判決別紙登記目録記載第一ないし第三の各附記登記の抹消登記手続をせよ。
3、控訴人の被控訴人受川金太郎および同笹沼清作に対する各控訴を棄却する。
4、控訴人と被控訴人簾藤八郎との間に生じた訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人受川金太郎および同笹沼清作との間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「1、原判決を取消す。2、被控訴人受川金太郎は控訴人に対し原判決別紙物件目録記載第一の建物につき所有権移転登記手続をせよ。3、被控訴人簾藤八郎は控訴人に対し本判決別紙登記目録記載第一ないし第三の各附記登記の抹消登記手続をせよ。4、被控訴人笹沼清作は控訴人に対し原判決別紙物件目録記載第一の建物のうち同第二の部分を明渡せ。5、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決および右4、につき仮執行の宣言を求め、被控訴人受川、同簾藤両名代理人は控訴棄却の判決を求め、被控訴人笹沼は、当審口頭弁論期日に出頭せず、その陳述したものとみなされた答弁書によれば控訴棄却の判決を求める趣旨と認められる。
当事者双方の事実上法律上の主張および証拠の関係は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一、控訴代理人は、次のとおり述べた。
(一) 被控訴人受川に対する請求について
被控訴人受川は、昭和三九年二月頃控訴人に対し、被控訴人笹沼から代物弁済によつて原判決別紙物件目録記載第一の建物(以下本件建物という)の譲渡を受けることを条件として、その譲渡を受けると同時にこれを控訴人に贈与することを約し、昭和四〇年六月七日右条件が成就したので、控訴人は同日本件建物の所有権を取得した。そして控訴人と被控訴人受川とは妾関係を継続維持することを契約し、控訴人は同被控訴人の要請によつて昭和三九年二月頃本件建物に入居した。したがつて同被控訴人の控訴人に対する本件建物の贈与が不法の原因によるものであつたとしても、控訴人においてすでにその給付を受けたのであるから、民法第七〇八条により同被控訴人は控訴人に対して本件建物の返還を請求することができず、控訴人はその請求があつてもこれを返還しなくてもよいのである。その結果控訴人は、本件建物の所有権を完全に取得したのであり、その対抗要件を具備するため、登記上の所有名義人である被控訴人受川に対し所有権移転登記手続を請求する権利を有する。
(二) 被控訴人簾藤に対する請求について
控訴人の被控訴人簾藤に対する請求は、控訴人と被控訴人受川との間の妾関係についての契約とは無関係であり、仮にそうでないとしても控訴人が本件建物の所有権を取得したことは右(一)に述べたとおりであつて、控訴人は右所有権によつて請求するのである。また控訴人は、被控訴人受川が控訴人の実印を盗用し、控訴人の意思に基かずに控訴人の登記上の権利を被控訴人簾藤名義に変更する登記をしたので、その無効な登記の抹消を求めるのである。
(三) 被控訴人笹沼に対する請求について
控訴人の被控訴人笹沼に対する請求は、被控訴人受川から贈与を受けた本件建物の所有権を前提としているものではなく、被控訴人笹沼が被控訴人受川に対し代物弁済によつて本件建物を譲渡してその所有権を失つたのに不法にこれを占有していることを理由とするのである。
二、被控訴人受川、同簾藤両名代理人は、次のとおり述べた。
被控訴人受川の控訴人に対する本件建物の贈与契約が、妾関係の継続をその内容または条件とするもので民法第九〇条によつて無効である以上、本件建物の所有権が控訴人に移転する理由はなく、そうとすれば、控訴人が本件建物に居住した事実をもつて民法第七〇八条にいう給付があつたとすることはできない。同条にいう給付は所有権の移転を意味するからである。また被控訴人簾藤に対する請求についても、控訴人は右贈与による所有権の移転を前提としており、右贈与が無効で所有権の移転がない以上、登記抹消請求権も発生するはずがない。
三、控訴代理人は、当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴人受川、同簾藤両名代理人は、当審における被控訴人受川本人尋問の結果を援用した。
理由
一、控訴人の被控訴人受川に対する請求について
(一) 原審証人小淵恵美子、同秋山重雄、同大和忍および同中里見なかの各証言ならびに原審および当審における控訴人本人尋問の各結果を総合すると、控訴人は、昭和三七、八年頃東京銀座のバー「ロンシヤン」に勤めていたが、客としてきていた被控訴人受川と知り合い、昭和三八年一一月頃から情交関係を生ずるに至り、同被控訴人は、その前後頃から控訴人に対し、控訴人の面倒をみてやる、控訴人の子供も大学を卒業するまで面倒をみよう、本件建物はまだ被控訴人笹沼の所有だが、銀行に担保に入つており、自分も被控訴人笹沼に金を貸している、銀行の担保権を買いとり、本件建物を取得したうえ控訴人に贈与するから、本件建物に転住してもらいたい等といつて、控訴人が被控訴人受川といわゆる妾関係を結べば、その代償として控訴人に本件建物を贈与する旨の申入れをし、控訴人もこれを承諾し(妾関係継続維持の合意があつたことは、控訴人において争わないところである)、昭和三九年二月頃本件建物に転居したことを認めることができ、右認定に反する原審および当審における被控訴人受川本人尋問の各結果は信用しがたく、ほかにこれを左右するに足る証拠はない。
(二) 右の事実関係からすると、被控訴人受川は控訴人に対して本件建物を贈与することを約したが、右契約はいわゆる妾関係の継続維持を目的とするもので、民法第九〇条により公の秩序、善良の風俗に反する無効のものといわざるをえない。
(三) したがつて、被控訴人受川が、昭和四〇年六月七日被控訴人笹沼から代物弁済として本件建物の譲渡を受け、同年七月一五日その所有権移転登記手続を経たことは、控訴人と被控訴人受川との間で争いのないところであるが、控訴人は被控訴人受川に対し、右の無効な贈与契約に基ずいて本件建物の所有権移転登記手続を求めることはできないといわなければならない。
(四) また控訴人は、昭和三九年二月頃控訴人が被控訴人受川の要請によつて本件建物に入居したことにより、同被控訴人から本件建物の給付を受けたものであつて、同被控訴人は民法第七〇八条本文によつて控訴人に対しその返還を請求できないから、結局控訴人において本件建物の所有権を取得したと主張するけれども、右同条の「給付」というためには、登記ある建物の所有権の譲渡については、その意思表示のほかすくなくともその所有権移転登記手続の履践あることを要するものと解するのが相当であつて、建物につき所有権移転の本登記があつたことにふれることなく、その引渡をもつて給付があつたものとする控訴人の右主張はこの点においてすでに失当というべきである。
(五) よつて、控訴人の被控訴人受川に対する本訴請求は理由がない。
二、控訴人の被控訴人簾藤に対する請求について
(一) 次の各事実は、控訴人と被控訴人簾藤との間で争いがない。
1、被控訴人笹沼は、昭和三八年三月二二日本件建物の所有権保存登記手続を了してこれを所有していたが、訴外日本橋信用金庫から金員を借用し、その債務を担保するため、本件建物につき、同年五月九日、元本極度額金二〇〇万円の根抵当権設定契約、代物弁済予約契約および停止条件付賃貸借契約を締結し、同月一〇日、同信用金庫のため控訴人主張の根抵当権設定登記、所有権移転請求権保全仮登記および賃借権設定仮登記の各手続を経由した。そして被控訴人受川は、昭和三九年三月四日、同信用金庫から右各契約上の権利を譲り受けた。
2、しかし、右根抵当権設定登記、所有権移転請求権保全仮登記および賃借権設定仮登記については、被控訴人受川のための権利移転についてなんらの登記もされることなく、昭和三九年三月一〇日、控訴人主張のように右信用金庫から直接控訴人へ移転の各附記登記がなされており、さらに同年五月一六日、本判決別紙登記目録記載の控訴人から被控訴人簾藤へ移転の各附記登記がなされている。
(二) ところで、右認定の日本橋信用金庫から控訴人に対し権利移転の各附記登記がされた理由は、控訴人と被控訴人簾藤との間で成立に争いのない甲第一号証および原審における控訴人本人尋問の結果に原審および当審における被控訴人受川本人尋問の各結果の一部を総合すると、被控訴人受川は、前記一の(一)で認定したような経緯の下に、控訴人との間の妾関係維持の代償として本件建物の所有権を控訴人に取得させる方法として同被控訴人のための中間登記を省略して控訴人の利益のためにしたものであることが認められ、原審および当審における被控訴人受川本人尋問の各結果中右認定に反する部分は信用できず、ほかにこれを左右すべき証拠はない。そうすると右登記は、また公の秩序、善良の風俗に反する事項を目的とする贈与の合意を前提とするものであつて、実体上の権利移転を伴うことなき無効のものといわなければならない。
(三) 次に原審における証人小淵恵美子の証言ならびに原審および当審における控訴人本人尋問の各結果に原審および当審における被控訴人受川本人尋問の各結果の一部と甲第四号証の三(その成立については後に判断する)ならびに控訴人と被控訴人簾藤との間で成立に争いのない甲第四号証の一、二および四、同第五、第六号証を総合すると、本判決別紙登記目録記載の前記控訴人から被控訴人簾藤への各附記登記は、控訴人の意思に基ずいてなされたものではなく、被控訴人受川が、訴外小淵恵美子から同女の預つていた控訴人の印章を借り出し、これをほしいままに使用し、甲第四号証の三の控訴人名義の委任状を作成するなどして被控訴人簾藤のために前記各附記登記の手続をしたものであることをうかがうことができるのであつて、原審および当審における被控訴人受川本人尋問の各結果中これに反する部分はにわかに信用しがたい。
また原審における被控訴人受川本人尋問の結果によれば、同被控訴人は、被控訴人簾藤と通謀のうえ、実質的には登記名義を控訴人から奪い、これを自己の自由にするために被控訴人簾藤の名義を借りて右各附記登記の手続をしたものであることがうかがわるれのであつて、これに反する当審における被控訴人受川本人尋問の結果は信用しがたい。
(四) 以上の事実関係から考えると、控訴人は、前記根抵当権設定契約、代物弁済予約契約および停止条件付賃貸借契約上の各権利を有効に取得したとはいえないのであるけれども、前記経緯の下に日本橋信用金庫から控訴人への各権利移転の各附記登記がされた以上、控訴人としては、自己の意思によるのでなければ右各附記登記を失わしめられない利益を有するものというべく、したがつて、被控訴人受川が控訴人の印章を不正に使用し、ほしいままにした控訴人から被控訴人簾藤へ移転の前記各附記登記に対しては、その抹消を求めることができるといわなければならない(なお控訴人は本件建物の所有権に基いて右抹消請求をするとも主張するが、被控訴人受川に対する請求についての判断で説示したとおり、控訴人の右所有権の取得は認えないのであるから、右主張は到底採るをえない。)。
(五) よつて、控訴人の被控訴人簾藤に対する本訴請求は理由がある。
三、控訴人の被控訴人笹沼に対する請求について
被控訴人笹沼が本件建物のうち原判決別紙物件目録記載第三の部分を占有していることは、同被控訴人において争わないところであるが、仮に同被控訴人が右占有についてなんらの権限を有しないとしても、控訴人が同被控訴人に対して自己にその占有部分の明渡を求めるためには、控訴人自身いかなる権利を有するのかの主張、立証を必要とするところ、控訴人はこの点について何も主張をしておらず(原審においては本件建物の所有権に基ずくと主張していたのを当審において右所有権を前提とするものではないと陳述したのが誤解であつて、依然本件建物の所有権の主張を維持しているものとしても、所有権取得を認めえないことは、被控訴人受川に対する請求についての説示と同じであるからこれを引用する。)、主張自体失当であつて、同被控訴人に対する請求は理由がない。
四、よつて、原判決中被控訴人簾藤に関する部分を取消して控訴人の同被控訴人に対する請求を認容し、控訴人の被控訴人受川および同笹沼に対する各控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙
登記目録
原判決別紙物件目録記載第一の建物についての登記のうちいずれも東京法務局世田谷出張所昭和三九年五月一六日受付の取得者を被控訴人簾藤八郎とする
第一 甲区四番附記三号の所有権移転仮登記移転附記登記
受付番号第一三五六七号
原因 昭和三九年三月五日譲渡
第二 乙区五番附記三号の根抵当権登記移転附記登記
受付番号第一三五六六号
原因 前同日確定債権の譲渡
第三 乙区六番附記三号の賃(貸)借権設定仮登記移転附記登記
受付番号第一三五六八号
原因 前同日譲渡